ふたりのサンタクロース

週末ということもあって、たくさんの買い物客でごった返しているショッピングモール。
定番のクリスマスソングが流れているモールの中央を貫く大きな通路には、その両側にいろんなショップが並んでいる。
そこを、一組の母娘が手を繋いで歩いていた。
「ほーらっ! もうそんなに拗ねないの」
「……はぁい」
あったかそうなモコモコのダウンを着た、小学生くらいの女の子が俯いたまま返事をする。
母親に手を引かれて歩くその女の子の足取りは重く、周囲を行きかう楽しそうなカップルや親子連れの中でひとり、見るからに不機嫌そうなオーラをまとっていた。
「パパだって、好きで約束破ったわけじゃないでしょ?」
「そうだけどぉ」
そう口を尖らせる女の子は、1時間ほど前の出来事を思い出していた。

      

「えーっ!!
今日は、一緒に買い物行くって約束してたのにー!」
「ぁーっと、スマン!!」
愛娘からの非難の声に、ぱんっ! と顔の前で両手を合わせて、父親が勢いよく頭を下げる。
日曜日の朝だというのに、着ているのは会社に行く日と同じ黒っぽいスーツ姿だった。
「来週! 来週、必ず一緒に行くから!」
「おとうさん、前もそう言った!」
拝むようにひたすら頭を下げる父親だったが、お気に入りの洋服を着て、出かけるときを今か今かとワクワクしながら待っていた女の子の怒りは、そう簡単には収まらない。
「それに、来週になったらもうクリスマス過ぎてるもん!」
プイッとそっぽを向く女の子の様子に、父親もかける言葉が見つからず困り果てていた。
「もう、そんなにやいやい言わないの。おとうさんだって、お仕事なんだから」
と、台所で洗い物をしていた母親が、エプロンを外しながらリビングへと入ってくる。
「代わりに、おかあさんがモールに連れてってあげるから」
「……はぁい」
渋々という感じで返事をする女の子にもう一度「スマン!」と謝ってから、父親はドタバタと玄関を後にする――。

      

その後、母親の支度を待ってから、父親と3人で来るはずだったショッピングモールへこうして2人でやってきたのだった。
「……ちぇーっ」
もちろん、女の子も母親のことが嫌いなわけではない。
ただ、普段仕事でなかなか遊べない父親との久しぶりのお出かけを楽しみにしていた分、裏切られた気持ちが大きかったのだ。
しかも、今日はクリスマスプレゼントを買ってもらう約束で、欲しいものを決めていただけに余計だった。
「あら? なんかやってるわよ、あそこ」
と、手を引いていた母親が立ち止まり、女の子に声を掛ける。
つられて女の子がそちらに目を向けると、いかにもクリスマスな感じに飾りつけられたイベントスペースの中央に、大きなディスプレイ――デジタルサイネージが設置されていた。
そのデジタルサイネージには、恰幅の良い体を真っ赤な衣装で包み、豊かな白髭を蓄えたサンタクロースが映し出されており、ロッキングチェアに座って優雅に読書をしている。
「ねっ、ちょっと覗いてこ?」
「えぇ~……」
やけにテンションの高い母親に引っ張られるようにして、女の子もイベントスペースの中へと足を踏み入れた。
イベントスペースの中には他に人影もなく、ヒマを持て余していたであろう女性スタッフがすぐに2人の所へやってくる。
「こんにちは~! どうですか、サンタクロースとお話ししてみませんか?」
「お話し……できるの?」
不思議そうに女の子が聞き返すと、女性スタッフは待ってましたとばかりに笑顔で説明を始めた。
「そうなんですよ~。実は、お話ができるんです!」
「へー、すごいわねー」
「しかも、それだけじゃあないんですよ!」
今度は合いの手を入れた母親に向き直った女性スタッフが、テンション高く問いかける。
「ここで質問です! お嬢さんが欲しいと思っているプレゼント、なんだかご存知ですか?」
「えっ、いえ……知らない、かな?」
突然のことに、しどろもどろになる母親。
その様子を見て、スタッフが『狙い通り!』といった表情でにっこり笑う。
「ですよね!
でも、このサンタクロースだったら、お嬢さんの欲しいものを言い当てることができるんですよ!」
そう言ってハイテンションなスタッフは、勢いに圧倒されている女の子の手を取ると、
「さぁさぁ、ぜひこちらへ!」
「わゎっ」
と半ば強引に、サンタクロースの映るデジタルサイネージの前へと引っ張ってきた。
するとどこかにカメラがついているのか、女の子が前に来たのと同時にサンタクロースが顔を上げる。
ふぉっふぉっふぉ。
やぁやぁ、可愛いお嬢さん。メリー・クリスマス!

め、めりー・くりすますっ
急にディスプレイの中からサンタクロースに話しかけられて、女の子が驚いた顔で応えた。
女の子の声が聞こえたのか、目尻を下げたサンタクロースはが読んでいた本をぱたりと閉じて、ウィンクをしてみせる。

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『さて、お嬢さん。
いまからワシがする質問に【はい】か【いいえ】で答えてくれるかの?』
「は、はいっ」
『よろしい。それでは……』
うんうんと大きく頷くと、サンタクロースが人差し指をぴんと立てて、問いかけてきた。
『お嬢さんが欲しいのは、【丸いもの】かの?』
「いいえ」
『ふむ。では、お嬢さんが欲しいのは、【生きているもの】かの?」
「いいえ」
次々と投げかけられる質問に、女の子もどんどん【はい】か【いいえ】で答えていく。
そんな質問のラリーが10回ほど続いたところで――、
『では、お嬢さんが欲しいものは、【固いもの】かの?」
「はい」
『ふむ。なるほど、なるほど』
それまでとは違う反応に、驚いた女の子がサンタクロースの顔を見上げた。
『お嬢さんが欲しいもの、何かわかったぞい』
「えっ、ほんとにっ!?」
『ふぉっふぉっふぉ。なんといってもワシは、サンタクロースじゃからのう』
そう言ってサンタクロースは、豊かな白髭を撫でながら茶目っ気たっぷりに再びウインクを飛ばす。
「じゃぁ、私が欲しいもの当ててみて!」
『いいじゃろう』
女の子が勢い込んで尋ねると、サンタクロースは大きく頷き、そこで言葉を切った。
一瞬訪れた沈黙に、女の子も緊張した面持ちで続く言葉を待つ。
『お嬢さんが欲しいもの、それは――、』
メリー・クリスマース!!
「わぁっ!? なになにっ?」
サンタクロースが答えを口にしようとしたまさにそのタイミングで、突然後ろから聞こえてきた大きな声に女の子があわてて振り向くと、
おっ、おとうさん!?
そこには、仕事に行ったはずの父親が、似合わないサンタクロースの格好で立っていた。
「おとうさんじゃなくて、“おとうサンタ”だぞ~」
「どうして!? お仕事じゃなかったの?」
渾身の“クリスマス・ダジャレ”をスルーされてちょっと悲しそうな顔になったものの、父親はすぐに笑顔で答える。
「実は、おかあさんに頼んで、サプライズに協力してもらってたんだ」
「サプライズ……?」
そう言って母親の方を見ると、女の子に向かって口の動きだけで『ごめんね』と謝っていた。
「というわけで! 今年のクリスマスプレゼントは……わぁっ!?」
肩に担いでいた白い袋を下ろした父親がその中に手を入れたところで、女の子が抱きついてくる。
予想外のことに驚いた父親は、袋の中に手を入れたポーズで固まってしまった。
「ど、どうした……?」
「すっごくうれしい! 私、おとうさんと一緒に来たかったから!」
ぎゅーっと抱きついたまま、女の子が顔を輝かせて喜びの声を上げる。
「すごいすごい! やっぱサンタさんて、すごいねぇ!」
サンタクロースを無邪気に褒めている愛娘の様子に、父親は感激して言葉を詰まらせた。
「そうか……っ、そんなに、喜んでくれるなんて、おとうさんもうれし……」
「じゃあ、さっそくお店いこっ!」
「えっ?」
間の抜けた声を上げた父親の顔をじっと見て、女の子が紅潮した頬でにっこり笑う。
「おとうさんに、買ってほしいものがあるんだ~」
「……えっ?」
キョトンとしている父親の手を女の子が満面の笑みでぐいぐいと引っ張り、そんな2人の様子を母親がニコニコと笑いながら見守っていた。
「メリー・クリスマース」
そうして女の子に手を引かれてイベントスペースを後にする3人を、スタッフが手を振りながら見送る。
その後ろでは、デジタルサイネージの中で両手を差し出したサンタクロースが、笑顔でウィンクをキメていた。
サンタクロースが差し出した掌の上にふわふわと浮かんでいるのは、先日発売されたばかりの“スマートフォン”

AIサンタクロース

やがて、三人の後ろ姿が人波に紛れて見えなくなる直前――、
これで、いつでもおとうさんとお話しできるね!
そんな嬉しそうな女の子の声と、その言葉に涙声で喜んでいる父親の声とが、イベントスペースにまで届いてきたのだった。

執筆者紹介

Yumeno

Yumeno

 

はじめましての方も、そうでない方も。Yumenoです。
『かもしれないサイネージ』第2話、『ふたりのサンタクロース』いかがだったでしょうか?

今回取り上げたデジタルサイネージは、『AIデジタルサイネージ』と呼ばれるタイプのものです。【AI】と言えば、アプリやwebサービスなど様々な場面で活用されているわけですが、デジタルサイネージとの組み合わせも積極的に行われているのをご存知でしょうか?

今回登場したような“対話型AIデジタルサイネージ”は、実際に駅構内で旅行者の質問に答える【AI案内員】や、ショップで買い物客に接客する【AI店員】となり、既に日本でも導入されていたりします。
近い将来、普段皆さんが足を運ぶ場所にも、いろんな【AI〇〇】が登場するかもしれませんよ。

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